スタッフブログ

blog_main04

「熊と猫、そして天狗」③

つくばの進学塾「竹進」の社会科講師の山口です。

「熊と猫、そして天狗」②の続きです


武田耕雲斎の描いた、倒れてしまった竹の絵、その人生の悲運を

象徴しているようです。


武田耕雲斎は、部屋住みであった徳川斉昭の水戸藩主擁立に力を尽くし、

斉昭の藩政改革の中心人物となり、家老職に就いた人物です。


水戸藩では、斉昭後、実権をめぐり天狗党<尊王攘夷派、革新派>と

諸生党<佐幕派、門閥派>の抗争が激化していました。


幕末の水戸藩の悲惨さを象徴するのが天狗党の乱です。


尊攘激派の天狗党が尊王攘夷の即時実行を求めて筑波山に挙兵し、総勢1,000人

以上が京都をめざして西に向かい、各地で幕府討幕軍、討幕の命に応じた諸藩軍や

水戸諸生党と激戦を展開します。


この天狗軍の若手を諌める立場をはじめとっていたのが武田耕雲でしたが、

結局担がれて首領となり悲惨な最期を迎えることとなりました。


天狗党は越前<福井県>に入ると、追討の勢力に取り囲まれ、敦賀で加賀藩に降伏し、

鯡倉<肥料用の鯡を入れておく倉>に監禁され、残酷非道な扱いを受け、幕命により

武田耕雲斎ら350名以上が斬首されました。


その後、水戸藩では諸生党が実権を握り、耕雲斎の妻や幼い子供たちを斬首し、

天狗党側の人物を次々と弾圧していきました。


「熊と猫、そして天狗」④に続きます