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集中的に「読む」日々 

つくばの進学塾「竹進」国語担当の尾高です。


先日ある文芸誌から論考の執筆の依頼を受けて、ある詩人の作品を

ここ最近、集中的に読んでいます。

第二次世界大戦中に中国で生まれ日本に引き揚げたのち、1960年代末から

ずっとイタリアに暮らしているという女性です。

最近出版した詩集が大きな賞をもらったのを機に特集を組むのだそうで、

どういうわけか私にもお呼びがかかったのです。


戦後の日本の詩の中では、非常に特異な位置を占める作品を四十年近くに

渡って発表し続けてきた人です。

しかし、どこが特異なのかを語ろうとすると難しい。


詩の言葉そのものを丁寧に読み解いていくことは基本中の基本なのですが、

日本の詩の歴史の流れ、「鉛の時代」と呼ばれた政情不安定な時期をも

含んだイタリア社会のありよう、あるいは詩人が生まれた中国という土地

・・・・・・様々な要素のどこが絡み合っているのか、あるいはいないのか

を考えつつ、彼女の積み重ねてきた仕事の見取り図を描かねばなりません。


それらはおそらく最終的には、「なぜ日本語で詩を書くのか」あるいは

「なぜ日本語で詩を書き得たのか」という大きな問いへとたどりつくのでは

ないかと思うのです。

とはいえ、私に許されている分量は、四百字詰め原稿用紙で十枚にも

満たないのですが。  


日本という土地、すなわち日本語を中心に回っている社会から離れたこと

のない私のような人間にとっては、中々骨が折れる作業です。

おそらくどのような方向から読みの光をあてれば良いのか、見当もつかずに

終わる部分も多く残されるでしょう。

しかし、私はそれを恐れません。自らの限界を試されることも、「読む」

という行為が与えてくれる歓びの一つなのですから。


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